兄が死んだ時のこと

皆さま、ドモドモ。ナミダメです。

私には戸籍上兄という者が存在していました。

この記事を書いて公開するかどうか正直迷った。

でも自分の気持ちを整理して前に進みたいと思い公開に踏み切りました。

物心ついた時から悪党

過去形なのは約8年前に死んだからです。享年41歳です。

戸籍上兄のことを以下「そいつ」とします。

私はそいつのことが大嫌いでした。今はもうこの世にいませんが、それでもまだ嫌いという気持ちが残っています。

今でも「そいつがいなかったら…」、「もっと早く死んでいれば…」と思うことがあります。

約8年前にある電話でそいつの死を知らされました。

ある電話の主は身内ではありません。携帯電話に下四桁「0110」からの着信でした。そう、警察からです。

その電話に出ると、「あっ、〇〇さん(私の下の名前)ですか?xx警察署の**ですけど。」といつもの刑事から電話が。

私が「はい、そうですけど…。」と言い終わるや否や、その刑事から「おめでとー」と。

間髪入れずに「お前の兄貴死んだぜ!これでやっと楽になれるな。」といった内容のことも言われたような…。

この電話のやり取りでお分かりだと思いますが、そいつは結構な悪党でした。

カラダが小さいため臆病な奴でしたが、勝てないと分かっているケンカはしないのと条件さえ合えばおそらく殺人以外の犯罪は躊躇なくやれるタイプだったと思います。

同じ環境で育っても悪党になる奴、ならない奴がいるということをここでは知ってほしい。

私の持論だが、犯罪に走る奴は何かが欠けているのだ。決して環境がそうさせるのではない。劣悪な環境でもそこから這い上がる者はいる。

裁判で情状酌量を求める理由の一つに「育った環境」をあげる弁護人がいるが、裁判員となった人に伝えたい。それを鵜呑みにするな!

そいつの心配より両親の心配

警察の話によると、すでに実況見分を終えており、事件性なしとの判断でそいつの遺体は病院経由で葬儀屋にあるとのことでした。

刑事から葬儀屋の連絡先を聞きすぐに電話を切り、会社に事情を説明して早退をしました。

一番心配したのは両親のことです。

そいつがクズであろうが両親にとっては息子。取り乱していないか?聴覚障害を理由に葬儀代をぼったくられていないか?両親と直接連絡が取れないため、そればかりが心配でいてもたってもいられませんでした。

その時私はすでに結婚しており、 長男も生まれたばかり。

家内と子供二人を残して一人で実家のある愛知県に帰省しました。

実家に帰ったのは当日の午後7時過ぎ

実家に着いたときはすでに両親は帰宅していました。

意外にも取り乱すこともなく、淡々と「葬儀屋の言ってることが難しくて…。」と。

すでにそいつが死んだことを私が知っていると判断していたようでした。あえて私も「明日一緒に葬儀屋に行こう。」とだけ伝え、その日の夜は三人で静かに食事を済ませました。

意外にも両親が冷静だったのは、そいつが漏斗胸という奇形たっだため長くても20歳までの命と医者から言われていたからです。

だから遅かれ早かれこの日が来ることを覚悟していたようです。

そいつは寿命が20歳までと言われつつ41歳と倍以上生きたことになります。身内だから言いますが、最後までしぶとかったです。

葬儀は互助会でこじんまりと

翌日そいつの葬儀の段取りのため葬儀屋に向かいました。

私の心配もよそに、両親は病院に勧められた葬儀屋ではなく、互助会と提携した葬儀屋にそいつの遺体を運んでもらっていました。

互助会とは毎月一定の金額を積み立てることで多額の費用が掛かる結婚式や葬儀の負担を減らしましょうというシステムです。

互助会への積立金では最低限の葬儀しか受けられないと葬儀屋の担当者から説明を受け、それを両親に伝えました。

両親として息子の葬儀をあげるのは最も酷なことで、そうさせたそいつは最後に最大の親不孝をしでかしました。

それでも息子の葬儀のレベルを上げるか否かの決断をさせた私も親不孝者です…。

両親の計らい?でレベルを一つ上げての葬儀となりました。その分持ち出しとなりますが、これは私が出そうと決め支払いは両親がいなくなってからキャッシュで支払いました。

葬儀では不覚にも

互助会での葬儀でしたが、お通夜と告別式のセットとなっており。二日に渡って取り行われました。

私の実家は強いて言えば神道です。そのため神道スタイル?での葬儀となりました。

厄介だったのは父方の親せきで神道系の新興宗教にはまっており、祝詞をあげさせろと言ってきたことです。

正直「てめぇの方の葬式でやれやっ!」と殴り掛かりたくなりました。だから新興宗教は嫌われるんだっていうの!

人様の葬儀にあれこれ首ツッコんでくる神経が私には理解できない…。そいつもクズでしたが親戚もクズでした。

私にとってこの世で一番嫌いだった存在のそいつにも友人がいました。

その友人たちが互いに連絡を取ってわざわざ葬儀に足を運んでくれました。

私の葬儀にもこうやって友達が来て最後の別れを告げに来てくれるのだろうか…?

喪主は父親でしたが、弔辞は私が読みました。やはり親に弔辞を読ませちゃいかんでしょう…。

その思いも相まって、そいつへのやり場のない怒りで弔辞を読み上げている最中に号泣してしまいました。

最後に

両親からは「知らせるつもりはなかった」と言われましたが、やっぱり来てくれて助かったと。

私の結婚式にもそいつを呼ばなかったくらいですから、知らせても来ないと思っていたようです。

警察からの最初の電話で「両親では話が伝わらないから、○○さん(私の下の名前)に警察署に来てほしい」との要請があり、告別式の翌日に足を運びました。

そこで色々な事を聞かされました。後日機会があればそのことをお伝えします。

ここではそいつの死に方は腹上死(正確には違いますが)だったことをお伝えして終わりにしたいと思います。

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